クラアク芸術堂札幌女史会たかが愛の歌よ、

今年最初の札幌遠征初日のメインイベントは、クラアク芸術堂札幌女史会たかが愛の歌よ、の観劇。

脇田唯さんと八木友梨ちゃん昨年9月に釧路で観た大好きな二人の絡みが再び観られる!

他にも、札幌の人気も実力も兼ね備えた女優の面に、こさべくんの脚本!

これはもう、弾丸遠征でも観に行くしかないでしょう!

結果的に、弾丸遠征にはならなかったのだけれども

そして、二回観ないわけにはいかんでしょう!

オープニングの映像のキュートな女子たちに萌える。

なかでも、友梨ちゃんのかわいらしさは格別だ。

そういえば、去年のミーアキャットピープルもそうだったが、札幌の演劇ではオープニング映像を効果的に活用しているような印象を受ける。

あるいは、俺が関西で観ている公演が、そうでないだけなのかもしれないのだが。

だが、事前に情報を入手して知ってはいたが、ここで展開されるのは、決してチャーミングなストーリーにあらず。

武藤舞最初の登場時は沢尻涼子が二人の女性と一匹の犬を殺した経緯が描かれているのだから。

萩尾美和子の持っているあんぱんのあんがずんだだったりなおみんこと塚本奈緒美さんはずんだが好きなことで有名。ただし、台本はずんだではなかった、あのラブリーなフェイスでちくびーむ!やよろちくびー!なんて言ったり、下山ゆうの美和子いわくきついコスプレや、バンドマンは結婚相手にはダメだ等、笑える要素もあるにはある。

でも、基本は母親の美穂から愛されることなく、同棲していた島田佐由子からの愛が重しく感じられるようになった舞の悲劇なのだ。

後で知ったことだが、これは実際にあった殺人事件をもとに書かれたストーリー。

だから、当然リアリティが感じられるはずなのに、不思議と俺は気分が沈んだりはしなかった。

もちろん、物語の世界に入り込めなかったわけではない。

むしろ、二回も観たのだから、どっぷり浸ってるといってもよいほどだ。

では、なぜ気分が沈まなかったのか?

一つは、この脚本が男性からみた女性を描いたものだからだろう。

だから、観る俺としても、多分書くこさべくんとしてもどうしても多少は客観的になってしまう。

例えばそれは、舞と佐由子の同性愛であったり、佐由子が舞にかわいらしく甘える姿であったりする。

工藤舞子ちゃん扮する佐由子の姿を見て、俺はディランのJustLikeAWomanを思い出さずにはいられなかった。

あの曲で歌われるのは、womanとlittlegirlの間にある成熟の問題であり、人としての未熟さゆえに、愛し合ったけれどもお互いを傷つけ合うことが避けられなかった関係であり、恋愛がうまくいかなくなったときの失望と苦悩だ。

そして、うっすらとした悲哀の下に隠されていた、舞が抱える痛みも露わになる。

でも、あくまでも男性目線による女性を描いているのだから、優しく感じられるのだ。

もう一つは、ここの登場人物、というよりも登場する女優を、俺が愛しているからだろう。

今回も脇田唯さんの表現力は群を抜いていたし、唯さんに堂と立ち向かう八木友梨ちゃんも立派なもの。

前述の工藤舞子ちゃんと朱希さんの絡みには胸を詰まらせられるし、佐由子の母の奈子から漂う気品は青木玖璃子さんならでは。

そして、美和子役の塚本奈緒美さんの魅力には、特に男であれば落ちない人はいないだろう。

親に愛されない子もいれば、子を愛せない親もいる。

人はこれは女性でなくてもそうかもしれないが自分が育てられたように、我が子を育てようとする。

どんなに愛しても報われないこともあり、逆に憎しみは必ず自身に返って来る。

時には、情が憎しみを包み込むことも。

美和子が舞を殺せなかったのは、きっとそういうことなんだろう

これらもストーリーの訴えたかったことであろうし、重要な要素に違いないだろう。

でも、そんなことよりも、相馬日奈さん扮するゆうが力強く訴えるこの台詞が、何よりも俺を支配してくれた。

やっぱり人を愛せることっていうのは素晴らしいことだと思うんだよ。わかる?人生において、ビッグになるっていうことよりさ、人を愛するっていうことの方がさ、すごく重要だと、私は思うわけ。

大阪と北海道の間の距離や弾丸遠征という壁を越えられるのも、結局そこなんだよな。

ところで、このストーリーで印象的に使われているかごめかごめであるが、俺もあまり知らなかったのだけれども、ここで示されたように、いろいろな解釈があるらしい。

歌詞も地方によって、若干変わるらしいということも。

例えば、いついつ出やるいついつ出会う、夜明けの晩に夜明けの番人、後ろの正面だあれ?後ろの少年だあれ?といった具合に。

何より俺が気になったのが、後ろの正面が誰なのか、ということ。

最初に観た俺の答えは、自分自身。

二回観た後の答えは、自分を殺そうとしている人、それが転じて、自分を憎んでいる人。

もしくはそれらの複合なのだろう。

でも、後ろではなく、正面にいるのは、愛すべき7人の女優。

それでいいのだと思う。